小松郭公太の気まぐれ日記

小説を書いています。いくつかの文学賞に応募して、作家デビューを夢見ています。

無題

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「ことば」に特化したブログを開設しました。
「漢字の使い分け」「各種用語の使い分け」など、日本語の意味の違いや使い方について考えていきます。
皆様のお役に立てるブログをめざして記事を更新したいと思っておりますので、ご愛読のほどよろしくお願い致します。

読書

百年文庫72「蕾」小川国夫 龍胆寺 雄 プルースト

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「心臓」小川国夫

冒頭に「房雄の母親が実家の法事に姉を連れて行った日」とあるから、主人公房雄は独り自由な環境に置かれていることが分かる。そこに登場する則子とのやり取りや体の描写から、はち切れそうな欲望を押さえようとする房雄の心情が伝わってくる。そしてその欲望は次に登場する綾子に向けられていく。若者たちの胸の高まりが聴こえてきそうな作品である。

 

「蟹」龍胆寺 雄

1929年(昭和4年)発表の作品。主人公象一は15歳とあるから、当時の小学校高等科2年か3年ではないかと推察する。象一は両親を亡くし叔父夫婦と暮らしている。象一は海と埋め立て地とを区切った石垣に小さな動物園を作った。やがてその動物園に興味を示す女の子が現れる。象一より一つ年上で造船会社の重役の祖父と暮らしている筑紫である。くすんだ工場町の空の下に生まれた淡い恋心がノスタルジックに伝わってくる。

 

「乙女の告白」プルースト 鈴木道彦 訳

拳銃自殺を図ったうら若き女性の告白の物語。何故彼女が自殺を図ったのかは最後まで読まなければ分からない。

彼女は母との甘味な思い出を振り返り、未熟だった過去の過ちを悔いていたが、二十歳のとき結婚が決まり、司祭にすべての過ちを告白し魂を恢復させた。ところが、彼女はフィアンセがいない晩に重大ないまわしい行為をしてしまうのだった。そしてそのとき、彼女はバルコニーで倒れる母の姿を見た。彼女には母が自分の方を見ているように見えたのだが……。

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百年文庫71「娘」ハイゼ W.アーヴィング スタンダール

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「片意地娘」ハイゼ 関 泰祐 訳

舞台はイタリア、ソレント。地元の人々に尊敬されている神父さんがいて、舟渡しのアントニーノも片意地娘と呼ばれているラウレラもその神父さんに見守られながら生活している。そのアントニーノとラウレラは互いに素っ気ない素振りだが、そのちょっとした描写に互いに好意を寄せていることが分かる。なかなか近づくことのできない二人は、海の上での出来事を契機に心を解きほぐしていき、やがて結ばれる。終末の神父さんの独り言がほのぼのとしていて好ましい。

 

「幽霊花婿」W.アーヴィング 吉田甲子太郎 訳

舞台はドイツの山中の古城。城主は先祖の財産の残りと往年の誇りを受けつぎ、昔の威容を保とうと懸命だった。

城主には美しい娘がおり、娘は見も知らぬ若伯爵との結婚が決まっていた。ところが、花婿が花嫁を迎えに来る日、予定の時刻になっても花婿は城に現れなかった。彼は城に向かう途中、盗賊に襲われて亡くなっていたのだった。

しかし、その日遅く、背の高い立派な騎士が黒い馬にまたがって城に到着した。彼は自分が若男爵の友人であることも、若男爵は亡くなったということも切り出す機会を持てぬまま祝宴の席に着いていたが、やがて、「わたしは死人です。…… 墓がわたしを待っているのです。……」と伝えて城をあとにした。
物語の結末はさておき、この古城のロケーションといい登場人物のキャラクターといい、これを映像にしたらどんなにか見応えがするだろなと思った。

 

「ほれぐすり」スタンダール 桑原武夫 訳

歳の離れた資産家と結婚したレオノ―ルは若き曲馬師との恋に走った。しかし、その曲馬師は金目当ての嘘つきで、座頭の女房を連れてパリへ逃げて行くのだった。レオノールはその事実を知ってもなお曲馬師を愛した。まるでほれぐすり(・・・・・)を飲ませられたように。

と、彼女の話を聞いているのが、肌着一枚で外に逃げ出した彼女を助けた若い中尉だった。彼は彼女に恋するようになるが、それでもなお彼女の曲馬師への恋は覚めなかった。

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百年文庫69「水」伊藤 整 横光利一 福永武彦

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「生物祭」伊藤 整

東京の学校に通う主人公が、父を見舞いに帰省する。主人公はそれまでの父への対し方を顧み、死に直面している父の内心について考えるのだが、その一方で李の匂が運ぶ耽美な思い出に浸るのだった。北国の春の輝きを描きつつ、父の死とそれを見つめる主人公の姿が淡々と描かれており、その心境が複雑に伝わってくる。

 

「春は馬車に乗って」横光利一

主人公の彼は胸の病気の妻を看病しながら小説を書いている。妻は締め切りに間に合うようにと仕事をする彼に傍にいて欲しいと訴える。病状が悪化していくと、妻は苦悶の最中に彼を罵った。やがて衰弱した妻が、「自分はさんざん我がままを言った。もう寝て頂戴」と呟いた。死を目前にした妻に、彼はスイトピーの花束をささげた。「この花は馬車に乗って、海の岸を真っ先に春を撒き撒きやって来たのさ」。疲弊した二人に穏やかな光が射し込んだように感じた。

 

「廃市」福永武彦

大河と小さな川の流れを結ぶいくつもの掘割があり、そこを行き来する小舟が人々の足となっている町。主人公「僕」は、そんな情景のある旧家でひと夏を過ごした。そこで彼は、美しい姉妹の秘密めいた事情に少しずつ関わるようになる。そして10年後、そこで立ち会った事件を振り返り、そのときには分からなかった登場人物の心情について思いを寄せる。二人の女性の快活さや奥ゆかしさが如実に描かれていている。淡々とし語り口が物語の悲劇性を薄めていて効果的だと思った。

 

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百年文庫68「白」梶井基次郎 中谷孝雄 北條民雄

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「冬の蠅」梶井基次郎

作者は療養地で見た冬の蠅から小説を書こうとしている。その数行のプロローグに作者の息づかいを感じた。

緩慢で弱々しい冬の蠅たちと、主人公の不眠と憂鬱と倦怠。主人公は鬱屈した部屋から逃げ出し峠を越える乗り合い自動車に乗った。そして途中の山中で車から降り歩き始める。「歩け。歩け。歩き殺してしまえ」と自分に鞭打ちながら。

「冬の蠅」は1928年に発表され、作者は1932年に31歳で永眠している。

 

「春の絵巻」中谷孝雄

京都の第三高等学校の学生と思われる若者が主人公。若者は二人の級友と共に女性の三人グループと知り合う。丸山公園などの桜を背景に彼らの恋の物語が展開していくが、その日、若者と一緒に花見に出かけていた級友が独り自殺していた。青春の光と影が交錯する中、若者の恋が進展していく。

京都の美しい春を舞台に、若者たちの姿が生き生きと描かれている。

 

「いのちの初夜」北條民雄

これまでの百年文庫でこれほどの衝撃を受けた作品はなかったように思う。

題名を見たとき結婚初夜を連想したが、そのようなことはどこにも書いておらず、初夜という言葉も出てこない。しかし、物語の終末になって、この題名のもつ強く深い意味に気付かされる。ライ病(ハンセン病の古い言い方)の病院に入院することになった尾田はいつも死ぬことばかり考えていたが、同じ病気の佐柄木と出会い、その死生観にふれ、「やはり生きてみることだ」と思うようになる。

作者は19歳でハンセン病を患い23歳の若さで他界している。

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百年文庫67「花」森 茉莉 片山廣子 城 夏子

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「薔薇くい姫」森 茉莉

作者自身を投影していると思われる主人公魔利(まりあ)の日常を描いた作品。持病や自身の随筆・小説などについて取り留めなく話が続くが、その中で魔利はいつも自分が子供のように扱われてしまうことに怒りを表す。「薔薇くい姫」はいつも何かに怒っているのだ。鷗外と見られる父桜外やその家族とのエピソードなどが興味深い。

 

「ばらの花五つ」片山廣子

晩年の随筆集「燈火節」に収録された作品の一篇。

作者は、ばら園の主人が切ってくれた五つのバラの花を思い出し、「小さい利益と小さい損失を積みかさね、積みかさね、自分の新しい仕事を育ててゆかなければと、この頃しみじみと思うようになった。」と語っている。その年代でなければ語ることのできない深みのある言葉だ。

 

「つらつら椿」城 夏子

小田原から和歌山への転居など子供の頃の思い出がありありと描かれていて、初めは随筆を読んでいるようだったが、次第に物語の世界に誘われていった。父が初恋の相手おみわさんに書いた「河のへのつらつら椿つらつらに 見れどもあかず 熊野をとめは」という歌からとった表題。その語感に父への情愛を感じる。

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百年文庫66「崖」ドライサー ノディエ ガルシン

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「亡き妻フィービー」ドライサー 河野一郎 訳

ヘンリーとフィービーが結婚してから48年がたっていた。二人は睦まじい夫婦だった。しかし、ヘンリーが70歳のときフィービーが病死してしまう。フィービーは64歳だった。ヘンリーはその後5か月を悲しみにふさがれた独り暮らしをしていたが、あるときからフィービーの幻影を見るようになる。彼はフィービーが死んでいないと思い込んでいた。ヘンリーはフィービーを探し必死に彷徨うようになった。その遍歴は7年に及び、ヘンリーはフィービーの幻を追って崖を跳び下りるという痛ましい最期をとげた。しかし、ヘンリーが亡き妻にめぐり逢い喜びにあふれたまま亡くなったのは、幸福なことだったかもしれない。

 

「青靴下のジャン=フランソア」ノディエ 篠田知和基 訳

ジャン=フランソワ・トゥーヴェは小僧たちから「青靴下のジャンーフランソワ」と馬鹿にされていたが、皆、彼は立派な家柄の息子で、悪口を言ったことも悪いとをしたこともなく、勉強し過ぎて病気になってしまったのだ、と思っていた。もう少し詳しく言うと、彼はサント=A夫人に才能を認められて家庭教師になったのだが、その夫人の娘に恋をしてしまい、自分がその娘にふさわしい身分になれないと知った彼は、その思いを忘れるためにオカルト学や心霊論に没頭するうちに病気になり幻視者となったのだ。

彼のことを語る「私」は、父から「おまえが大きくなってから、万一、この話を人にするとしても、本当の話としてするのじゃない」と教えられる。
「真理は無用なり」深い言葉だ。

 

「紅い花」ガルシン 神西 清 訳

本癲狂院(精神科病院)に送り込まれた患者の話。彼は、地上の悪を絶滅するという一大事業のためにこの病院にいるのだと思っていた。彼は一睡もせず次第に痩せていった。あるとき彼は庭の花壇に紅い罌粟(ケシ)の花を見つけた。彼はこの花には世界のありとあらゆる悪が集まっていると考え花をむしり取った。その後、彼の容態が悪化した。モルヒネも利かなくなり体を拘束されるようになったが、彼は病室を抜け出してなおも紅い花をむしり取ろうとするのだった。

作者は南フランス(現在のウクライナ)の出身である。

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百年文庫65「宿」尾崎士郎 長田幹彦 近松秋江

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「鳴沢先生」尾崎士郎

ナルザワ先生は帝大出で旧制中学の英語教師だった。その先生が今は簡易宿泊所の常連で無銭飲食の常習者となっている。警視総監が無二の親友という先生が、教え子にその日の宿を乞い、不忍の池の屑屋に「おれを何とか処分してくれないか」と乞う。その括淡たる生き方が描かれている。

 

「零落」長田幹彦

「零落」とは「おちぶれること」。

主人公は、東京から北上し北海道へ渡る度の末に野寄の町に入った。

野寄座という芝居小屋には中村一座という芝居がかかっていた。主人公はそこで一座の人々と知り合い、様々な境遇の中で生きる彼らの姿に興味と憧れを持ち、一座から離れ去ることができなくなる。

物語の終末は、一座が次の興行地に向かう場面。そこには旅役者の群に交じって歩く主人公の姿があった。

自らの放浪体験を題材にした長田幹彦の出世作である。

 

「惜春の賦」近松秋江

春の情景が美しく描かれている作品。

主人公は、友人と共に松本、名古屋を経由して京阪へ向かう旅をしていた。途中友人と別れて郷里に家に寄ると、年老いた母が病に倒れていた。主人公は母を心配しつつ懐かしい郷里の光景に身を置いた後に友人が待つ京都で遊興する。

秋江は私小説の形を完成させた作家といわれている。

  

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百年文庫64「劇」クライスト リラダン フーフ

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「拾い子」クライスト 中田美喜 訳

アントーニオ・ピアーキイには年若の妻エルヴィーレと先妻の息子パオロがいた。

ピアーキイは息子を連れた商用の旅先で身寄りのない少年ニコロと出会った後にパオロを伝染病で亡くしてしまう。

ピアーキイはニコロを家に連れ帰り、息子として育て自分の商売の後を継がせた。

妻エレヴィーレは裕福な染物屋に育った。13歳のときに火事に遭いジェノアの青年に助けられたが、その青年は頭に怪我をしてエレヴィーレの看病を受けるが死んでしまう。

やがてニコロは成人し結婚した。あるときニコロがエレヴィーレの部屋を覗くと、エレヴィーレが誰かの足元にひれ伏していた。その誰かとはジェノアの騎士の肖像画だった。ニコロはエレヴィーレの部屋に忍び込んでエレヴィーレを驚かせると彼女はそれが元で死んでしまった。

悪意は連鎖する。ニコロの悪意を知ったピアーキイはニコロを殺し、自らの絞首刑を望んだ。

200年以上前に書かれた物語だが、登場人物の心理描写が巧みで読み応えがある。

 

「断頭台の秘密」リラダン 渡辺一夫 訳

死刑囚ド・ラ・ポンムレー医師のところへパリ医科大学外科病院のヴェルボー主席教授が面会に訪れ、死刑(断頭)執行後の個体の状態を観察させてほしいと依頼した。実験方法は斬首後のポンムレーが「左の眼を大きく開けたまま、右の目蓋を三度続けて閉じる」こと。もしそれができたら不変の記憶力・意志を発揮して事実を証明したことになる。

明け方、断頭台の広場で死刑が執行された。執行後ポンムレーの右眼は閉じられ左眼は見開かれたままだったが、瞼は二度と上がることはなかった。

「断頭台の秘密」は1883年の作品。

 

「歌手」フーフ 辻

枢機卿マッツァモーリと礼拝堂楽長ドン・オラチオは、サン・カリストの牢獄で収監されている殺人犯コンロの歌声(テノール)に魅了され、彼を救い出した。やがてその歌は教皇に気に入られ喝采を浴びるようになる。コンロは自分の過去を知られるのを恐れ、マッツァモーリとオラチオをローマから遠ざけようと教皇に働きかける。コンロはマッツァモーリの恋人オリンピアを連れ休暇の旅に出た。オラチオはルッカの宮廷へマッツァモーリは日本の異教徒教化のための伝道使節の長に任ぜられた。

牢獄に響くテノールの歌声が聞こえてくるようだ。オペラの一場面のようだ。

 

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百年文庫63「巴」ゾラ 深尾須磨子 ミュッセ

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「引き立て役」ゾラ 宮下志朗 訳

独創的な事業家デュランドーは、きれいな女性を引き立てるみにくい女性を貸し出すという商売を始めた。(文中ではみにくい女性のことを「ブス」と称しているが、昨今の情勢からしてこの言葉は使いにくい)。この話を面白くしているのは、みにくい女性を探し出すのに殊の外苦労しているところである。自分がみにくいと名乗り出てくるような女性はたいてい美しいのだそうだ。

面白可笑しく書いているように見えるが、引き立て役の存在価値やその悲しみに寄り添っているようにも読めてくる。これまでの百年文庫にないジャンルではないかと思う。

 

「さぼてんの花」深尾須磨子

パリに暮らす「わたし」が公という人物に宛てた手紙風の作品。

わたしは週に一度オオボエのレッスンに通っていたが、ある日、先生のアパートの入り口で一人の若者と出会う。若者は22歳で、同じ先生に師事しているオオボエ奏者だった。わたしは40歳ほど。二人は間もなく恋に陥る。

これまで咲かずじまいだったわたしが急に花になりかけている。ここで冒頭にコレットの「さぼてんの花」を引用した意図が分ってくる。

時代遅れな骨董のパリに咲いたさぼてんの花。情景が見えてくるようだ。

 

「ミミ・パンソン」ミュッセ 佐藤実枝 訳

表題の「ミミ・パンソン」とはパリのお針娘の名である。もう一人のお針娘はゼリア嬢。この二人と大宴会をしようと計画したのが医学生のマルセルで、彼は同じく医学生のウジェーヌを誘うがこちらはあまり積極的ではなかった。

朝方宴会が終わり家に帰る途中、ウジェーヌは路地で死にかかった女性に出会う。彼女はパンソン嬢の話に出てきた一夜の遊びのためにお金を浪費した娘ルージェットだった。パンソン嬢はルージェットのために一着しかない着物を質屋に入れお金に換えていた。

 

作中、パンソン嬢が歌を歌う場面がある。

ミミ・パンソンは金髪娘

誰もが知ってる金髪娘

着物は一枚、着たきり雀

…… ……

と続くが、この歌詞にミミ・パンソンの実像が表れている。

生真面目で世間知らずなウジェーヌは、貧しくとも懸命に生きている彼女らに心を動かされていく。

 

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百年文庫62「噓」宮沢賢治 与謝野晶子 エロシェンコ

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「革トランク」宮沢賢治

主人公斉藤平太は、工学校を卒業して家で設計の仕事を始めるが、その最初の仕事で失敗して東京へ逃げ出す。しかし東京で就いた仕事も上手くいかない中、母の病気で家へ帰ることになる。

平太は、いろいろ考えた末、大きな大きな革のトランクを買って、その中に要らない絵図をぎっしりと詰めて故郷に帰った。

そのトランクをみて村長をやっている父親が苦笑いをした。

 

何とも味わい深い作品である。

いろいろ考えた平太。苦笑いをした父親。この二人の対比がおもしろい。

 

「ガドルフの百合」宮沢賢治

暗闇の中で稲光が走る。その光に浮かび上がる白い百合の花。電光が一瞬昼間のように明るくして暗闇に戻る。その繰り返しの中で浮かび上がる百合の花。ついに稲光が落ち一本の百合の花が折られてしまう。その様が映像のように映し描かれている。

雨に濡れ疲れ切ったガドルフが見た夢とも現実ともつかない情景が残像のように残る。

 

「噓」与謝野晶子

自分の家は京都にあり、そこにはこわい継母がいた。

家は友禅屋で、染めた縮緬を川で洗わなければならないが、雨の日に流した縮緬を伏見まで追いかけていったが見失ってしまった。

継母に叱られたらどうしようと泣いていると親切なお婆さんが現れ、そこの家の子供になりなさいと言われた。

その家は貧しくて藁で作った餅を清水で売っていた。

餅売りで忙しくて夜遅く家に帰る途中、大谷のお墓で人さらいにさらわれて船で支那へ連れていかれる途中に嵐に遭い、堺の浜に流れ着いた。

9歳の少女が同級生たちに話して聞かせている話。少女は話しながら次から次と物語を作っていく。

 

「狐の子供」与謝野晶子

小学3年か4年の女の子。学校で友達の足を踏んでしまったことから脅迫が始まる。柴田は最初お菓子を持ってくるように言ってきた。やがてそれがお金になった。要求がだんだん激しくなっていく。そしてそのことを知った和田が先生に言うとさらに脅迫する。柴田は狐のような顔をしていた。

今も昔も変わらない。人間が持つ悲しい一面である。

 

「ある孤独な魂 ―― モスクワ第一盲学校の思い出」エロシェンコ 高杉 一郎 訳

盲目の少年が先生に問うた。

「李さんは本当に黄色人種なんですか? 僕は彼の手を触ってみましたが白色人種の手と違いはありませんでした」

「先生、ぼくたちには王冠も衣も王笏も見えないのですが、どうすればその人は皇帝であるか見分けることができますか?」

闇の世界は少年に何事も疑ってみることを教えた。エロシェンコの自伝的作品である。

 

「せまい檻」エロシェンコ 高杉 一郎 訳

インドの虎の物語。

人間が神様の前に落とした涙をなめた虎がその晩に捕まり檻の中に入れられる。自由を奪われた虎は夢を見た。

檻から解放された虎は野山を歩き回り、二百人の美しい女が贅沢な生活を送っているラジアの別荘に辿り着いた。そこで虎は連れてこられた二百一人目の妻を見た。彼女はラジアから逃れ別荘を囲む濠に飛び込もうとしたが連れ戻された。その様子を見ていた虎は彼女を救おうと別荘に入るが、ピストルを撃ってきたラジアを殺してしまう。二百一人目の妻はラジアの棺と伴に焼かれることになったが、そこに白人の兵士が現れ彼女を助ける。

二百一人目の妻に好意を寄せていた虎の胸は耐え難いほど痛んだ。その夜、虎は白人の兵士も殺してしまう。

二百一人目の妻は白人の兵士の後を追って短刀で自殺する。虎が彼女の血をなめようとしたとき、虎は夢から覚める。

 

作中、ラジアや白人兵士を虎が殺してしまう場面などは間接的に表現されており上記のようではない。丹念に読めば何故虎が檻の中にいるのかが分かってくるかもしれない。

 

「沼のほとり」エロシェンコ 高杉 一郎 訳

銀色と金色の二羽の蝶が世界を救うために二手に分かれて太陽を探しに行った。明くる日、金色の蝶の死体が海岸に打ち上げられていた。それを見た教師たちがそれぞれ教訓めいたことを言うが、それを聞いていたお寺の小僧が真実をついた質問をする。教師たちは出世し、小僧は憎まれ役になった。世界を救おうとした蝶がいたことには誰も気付かなかった。

いかにも世の中にありそうなことを擬人化した童話である。

 

「魚の悲しみ」エロシェンコ 高杉 一郎 訳

魚の鮒太郎は「あの国」へ行くためには大人の言うことをよく聞いて兄さんたちを愛し一生懸命勉強しなければならないと教えられ親切で賢い魚の子になった。しかし、あるとき教会の坊ちゃんの悪戯をきっかけに「あの国」に行けるのは魂を持った人間だけであると聞かされる。鮒太郎は坊ちゃんに捕まえられ解剖されるが、その心臓は悲しみのために破裂していた。その後坊ちゃんは解剖学者になったが、その教会の鐘の音を聞きにでるものはいなくなった。

すべてのものは人間のためにつくられたという考え方を批判している作品かと思う。

※ワシーリイ・エロシェンコ(1890〜1952年)

ロシアで生まれたエロシェンコは、4歳で失明し盲学校で学んだ。24歳のとき来日し東京盲学校に入り、日本語を学びながら作品を発表している。

 

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百年文庫61「俤」水上瀧太郎 ネルヴァル 鈴木三重吉

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「山の手の子」水上瀧太郎

山の手の高台に建つ黒門のお屋敷の子がお屋敷を抜け出し、町の子たちと遊ぶようになった。

お屋敷の子はその町の子の姉お鶴にかわいがられ、密かに恋心をもつようになるが、やがてお鶴は芸者の子として売られていくことになった。

お屋敷の子は、大人になったら偉い人になってお鶴の所へ遊びに行くと誓う。その思い出を二十歳になったお屋敷の子がしみじみと味わっているという話である。

子どもの心に芽生えた恋の感情が如実に表現された作品である。

 

「オクタヴィ」ネルヴァル 稲生 永 訳

「オクタヴィ」とは主人公がマルセイユで出会った若いイギリス娘である。彼女はナポリ行の船の上で、「もし私を愛しているなら明日ポルティチで待っていて欲しい」と言う。主人公は約束どおり、ポルティチで彼女と会うのだが、そこで主人公は自分が彼女を愛することができない理由(宿命の夜)を話して聞かせる。

この宿命の夜について、主人公は手紙形式で語っている。この手紙は後に彼女に宛てて書かれたものと思われるが、それは明確に示されていない。

それから時は過ぎ、主人公はナポリで英国娘と再会する。彼女は著名な画家と結婚していた。画家の身体は完全に麻痺しており、彼は残忍な嫉妬を鎮めることができないでいた。

宿命により愛することができなかった主人公の思いを幻想的に描いた作品か? と思う。

 

「千鳥」鈴木三重吉

主人公の青年は、瀬戸内の小島で藤さんという若い女性に出会うが、彼女は何か事情を抱えているようで、わずか二日で青年の前から姿を消してしまう。彼女が去った後、青年の机の引き出しに紋羽二重が残されているのが見つかった。その紋柄が「千鳥」なのである。青年は千鳥という物語を壊してしまわぬよう、彼女の事情も行き先も一切訊かなかった。

青年の淡い恋心が瀬戸内の景色の中に描かれている作品である。

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百年文庫60「肌」丹羽文雄 船橋聖一 古山高麗雄

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「交叉点」丹羽文雄

30歳をすぎた男が小さな酒場のマダムと関西に逃避した。それから6年後、一軒の酒場を開いてまもなく妻が交通事故死してしまう。失意の男はセールスマンになったが集金を使い込み東京に逃げ戻った。男は場末のアパートの部屋を借り学生時代の友人の料亭に勤めることになった。アパートの隣室には酒場で体を売る23歳の女が住んでいた。男は憐みをもって接していたが、それが次第に男女の関係になっていく。そのような中、男に料亭で働く女中との再婚話が持ち上がる。

寸分の狂いもない構成が読者を唸らせる。また、登場人物の役割が明確で、読後その一人一人の実像が浮かび上がってくる。題名「交叉点」の意味が分かり、なるほどと頷いた。

 

「ツンバ売りのお鈴」船橋聖一

文筆家の私が執筆のため都内の旅館にカンヅメになった。そこで私の世話をしてくれたのが部屋女中のお鈴だった。

旅館を出たその日、私は財布がなくなっていることに気付く。その後、お鈴は突然旅館の主人から暇を出された。

私は取材先のストリップ劇場でお鈴と再会した。彼女は踊り子たちにパンツを売る仕事をしていた。私はそこで初めてお鈴の素性を知る。彼女には年の離れた中気の夫がいて、その母親からスリの手ほどきを受けていたのだった。

私がお鈴に対する気持ちを語ることはない。しかし、お鈴とのやり取りが淡々と綴られていく中、その行間にその心情を読み取ることができる。

 

「金色の鼻」古山高麗雄

二十年間暮らしてきた夫婦が区役所に離婚届を出した。夫は別れた後の妻の生活を心配しているが、妻はそれほどでもない。やがて夫は二十年前の妻との出会を回想し始める。

題名「金色の鼻」とは「幸福を招く猪」として有名なフィレンツェの猪像の鼻のことである。男と女の関係を猪の鼻とそれを撫でる手に例えている。そして、その猪が金色夜叉のお宮の格好をしていることに着目して物語を結んでいる。きれいさっぱり別れようとしている妻と未練たっぷりの夫。
可笑しみと悲しみが入り混じったような別れ話だった。

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百年文庫59「客」吉田健一 牧野信一 小島信夫

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「海坊主」吉田健一

ある文士が銀座の料理屋で一人の男と出会った。男は背の高い大男である。

文士はその大男と気持ちよく飲むことができ、彼の誘いに乗って数か所の店を飲み歩いた。

大男は実によく食べて飲んだ。焼き鳥一本を丸ごと食べビフテキをお代わりした。

最後に行ったのが隅田川の川っ縁の店。大男はその店の庭に降りて川に入った。

何と大男は〇〇だったのである。

 

と、思わぬ展開を楽しむことができた。

「海坊主」は随筆集「乞食王子」の中の一篇である。

 

「天狗洞食客記」牧野信一

無口で感情を喪失している男に奇妙な癖が生じるようになった。

男は天狗洞という道場の食客になることを勧められる。

天狗洞にはその師匠と美しい小間使が住んでいるが、小間使の美しさに見とれるようなことがあれば師匠はすぐに入門者を破門になる。三度の食事には必ず一本の徳利がついており、それを小間使が運んでくるものだから、たいていの食客たちは脱落していった。ところが男はこの苦行とも言える関門を突破したのだ。そして……。という物語である。

 

話の設定が面白い。映画にすると面白いと思う。主演は、松重豊さんで。

 

「馬」小島信夫

「僕」が知らないうちに妻のトキ子が家造りを始めていた。主人である自分は蚊帳の外におかれ、トキ子の要望に従って職人たちは作業を進める。「僕」は疑心暗鬼となり被害妄想を持ち病院に入院する。

二階建ての家の一階は馬の部屋になった。トキ子がかわいがる馬に「僕」は嫉妬し増々妄想は深まっていく。

物語は現実と妄想が絡み合いながらテンポよく進んで行く。作者の発想が次々と文章になっていくようだ。

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百年文庫58「顔」ディケンズ ボードレール メリメ

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「追いつめられて」ディケンズ 小池 滋 訳

生命保険会社の総支配人だった「私(サンプソン)」が、当時出会った一人の人物を物語る形で進められる推理小説。

物語は、ある日スリンクトンという男性がサンプソンの事務所を訪ねて来るところから始まる。

サンプソンは、スリンクトンに不信感を持ちながらも、その友人の生命保険手続きを完了する。

しかし、手続きの前にサンプソンの自宅にもう一人の人物が訪問していた。その人物は何者で何故そこに登場したのか気になるところだ。そしてそこからが推理小説の醍醐味となる。

物語の後半では、一気にサンプソンの謎と彼に関わる人々の相関が明らかになる。その展開の仕掛けが見事である。

 

ディケンズは学生時代に「デイヴィット・コパーフィールド」を読んだことがある。内容は忘れたが、当時NHKの「若い広場〜マイブック」という番組で紹介されていたのを見て読んだことを思い出した。

 

「気前のよい賭け事師」ボードレール 内田善孝 訳

ある男が地下にある豪華な家に入った。

彼は葡萄酒を飲み賭け事に熱中し魂を失っていった。

悪魔大王は魂を売り渡してしまった彼に自分の儲けをやった。

それは倦怠から救ってくれる力だった。

彼は、この気前のよい賭け事師に礼を言っただろう。

しかし、彼の心にいつもの疑念が広がっていく。
「ああ! 神様。主なる神様あ! 悪魔がちゃんと約束を守ってくれますように!」

信じがたい幸福を疑い発した言葉がおもしろい。

 

「イールのヴィーナス」メリメ 杉 捷夫

イールで発掘された青銅のヴィーナスが惹き起こした恐怖の体験。

ペイレオラード氏は6尺ほどもあるビーナスの立像を自分の家の庭に設置した。

息子のアルフォンスは、結婚式の日、ポーム(テニスの先駆となったスポーツ)をするために、花嫁に渡すつもりでいたダイヤ入りの指輪をはずし、それをヴィーナスの薬指に通しておいた。ところが、アルフォンスはその指輪をそこに置き忘れてしまう。その夜、家に帰り花嫁と二人部屋にいるとき事件は起こった。やがて、ヴィーナスの立像は教会の鐘に姿を変えた。この青銅を所有する者には悪運が付きまとうらしい。

ヴィーナスの美しさと冷ややかさの描写が秀逸である。

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「芽むしり仔撃ち」 大江健三郎

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太平洋戦争末期、感化院の少年たちが集団疎開した村では疫病が流行していた。

少年たちが村に着いて間もなく、村人たちは疫病から逃れるために少年たちを置いて全員村を出て行った。

残されたのは、少年たちのほかに疎開してきた少女と朝鮮人部落の少年と脱走兵。少女は疫病で母を亡くしたばかりだった。そして、やがてその少女も死体を掘り起こした犬に噛まれ疫病に感染し死んでいく。

村に閉じ込められた少年たちは、家々から食料を集めたり狩りをしたりして命を繋いだ。

雪の降る寒い朝であっても、彼らの身体に若い血液が流れ生き生きと躍動する。暗い時代、何者かに虐げられてきた彼らだが、その本質は明るく、若々しい。

 

40年以上前に一度読んだ作品だが、今読んでみても少しも風化していない。むしろ少年たちの躍動感が直に伝わってきて新鮮である。

 

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百年文庫57「城」ムシル A・フランス ゲーテ

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「ポルトガルの女」ムシル 川村二郎 訳

カテネ家のケッテン殿の城は垂直な岩壁の上にそびえていたが、四代に渡って続く戦いに明け暮れる彼がその城でくつろぐことはなかった。彼は、遠方の裕福な家から妻をめとるというケッテン家のしきたりにしたがって、ポルトガルの娘と結婚したが、結婚から11年経っても彼の戦いは続いていた。

ある日戦いが終局に向かう頃、城に向かっていたケッテンは一匹の蠅に刺されたことから発熱し、生死をさまよう闘病が続いた。彼にはもはや弓を引く力もなかった。しかし、彼は妻が連れてきたポルトガルの男との仲を疑いその男を殺そうと思うようになる。ケッテンは短剣を腰に岩壁を登り城の窓から部屋に入った。その結末は……。

という話だが、

決して平易な文章ではなく、読み取りに時間がかかったが、その分読み応えがあるとも言える。

 

「ユダヤの太守」A・フランス 内藤 濯 訳

舞台は古代ローマ。不倫により24歳のときに追放されたラミアは62歳になってローマに帰ることができた。そこで彼はユダヤの太守ポンティウスと30年ぶりに再会する。ラミアには身の上の不運、ポンティウスには統治者としての重荷があった。物語は、当時を振り返る二人の会話で展開していく。

作者 A・フランスは1921年にノーベル文学賞を受賞している。

「ノヴェレ」ゲーテ 小牧健夫 訳

侯爵夫人は叔父のフリードリヒ侯と、難攻不落といわれた古城を見にいくことになった。

絶壁を登りつめて眼下の全貌を見渡していたとき、町の市場が火事になっているのが見えた。市場には猛獣の見世物小屋があり、そこから逃げ出した虎が夫人の前に現れ、同行の家来によって仕留められる。もう一頭のライオンは捕獲されることになるが、その危機を前に猛獣の飼い主たち親子三人の歌声が恐怖を調伏していく。

比較的平易で読みやすい文章だった。

 

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百年文庫56「祈」久生十蘭 チャペック アルツィバーシェフ

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「春雪」久生十蘭

池田は、結婚することもなく23歳で夭逝した姪、柚子に結婚の約束をした青年がいたことを知らなかった。

そんな池田に柚子と青年の仲をよく知る友人の伊沢が事の真相を話して聞かせる。

伊沢が池田に会わせたい人がいること。柚子は浸礼を受けた後肺炎になり亡くなったこと。死ぬ間際に友達からもらったという指輪を左手の薬指にはめていたこと。柚子の日記にはその日の天気しか書かれていなかったこと。等々、これらはどれも、真相が明らかになって行く時の伏線になっている。

最後の種明かしのために緻密に構築された構成と文体が読者を魅了する。

「城の人々」チャペック 石川達夫 訳

オルガは伯爵家の家庭教師として住み込みで働いている。オルガは情熱をもって教育にあたったが、生徒であるマリーを思い通りに導くことができなかった。そればかりではない、このお城に住む幾人もの人々との関係づくりに苦慮しているようだった。もう一人の男性家庭教師ケネディーとの微妙な関係もあり、オルガは自分の仕事から逃げ出したいと考えるようになった。父母のいる田舎に帰り工場で働こうと思っていた。ところがそんなオルガの元へ母から手紙が届く。それは父が病気になったから、ずっとそこで働いていてほしいという内容だった。

逃げ出すことのできない絶望の中で、恐ろしい期待を抱き始めるオルガの心情が語られている。

「死」アルツィバーシェフ 森 鷗外 訳

歩兵見習士官ゴロロボフは「人生は死刑の宣告を受けているようなものだ。だからその宣告を受けている命を早く絶ってしまおうと思う」と言って自殺した。その言葉を聞いた医学士ソロドフニフは翌朝、ゴロロボフの検案をすることになる。ソロドフニフは思索の末、「少なくも己は死んではいない。どうせ一度は死ななくてはならないのだけれど」という考えに至る。生きていることの実感が、彼の明るく輝く世界と結び付いている。

作者アルツィバーシェフはウクライナの生まれである。

 

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百年文庫55「空」北原武夫 ジョージ・ムーア 藤枝静男

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「聖家族」北原武夫

昭和123月、生駒いくのは瀬戸内海の小島で小学校教員をしていたが、26歳のとき突然退職し東京の洋画家有馬画伯に弟子入りした。その年の秋、いくのははじめての恋と失恋をする。そしてその冬に「これからは貧乏して絵を描いていく」と決意し独り暮らしをはじめた。

それから一年後、街角の軒下で肖像画を描いて暮らすいくのに結婚の話がもちあがった。相手は神に仕える仕事をしている赤井啓介という男性だった。いくのは啓介が探してきた派出婦や内職をして赤木の仕事を支え、一年後に男の子を生んだ。いくのは子育てしながら働くために啓介の発案で寺の境内で託児所を開いたが、預け手も多く次第に幼稚園のようになり、啓介の「説教」も好評だった。しかし、その後啓介は貧しい人たちのための教会を建てると言って、副牧師となる女性と家を出ていった。いくのは一切が神の思召しだと思った。

太平洋戦争が始まった年。有馬画伯の別荘番として暮らしていたいくのは、砂浜で田島順吉という奇妙な画家と出会い結婚する。いくのは仕立物の仕事や幼稚園の先生などをして暮らしを支えた。いくのは働くことが愉しかった。

しかし、あるとき、いくのは順吉の「あの海だって、太陽だって、君みたいにそんなにせっせと働いちゃアいないぜ。……。」という言葉で大切なことに気付く。

理想の生き方を求め続けた主人公のラストシーン。現代にも通ずる普遍性を強く感じた。

 

「懐郷」ジョージ・ムーア 高松雄一 訳

ジェイムズ・ブライデンは医者の勧めで、13年ぶりに故郷のアイルランドへ帰った。

故郷の村は貧しく、人々は司祭に対して従順だった。

ブランデンは、村の娘マーガレット・ダークンとの恋に陥り結婚の約束をするが、村の自然よりもバワリーのざわめきを選び、マーガレットのもとを去った。

やがてブライデンはバワリーで外の女性と結婚し子供たちが生まれた。そして彼は年老いて妻が亡くなり子供たちは結婚した。すると独りになった彼の心にマーガレットの思い出がよみがえり、故郷の自然が見えてくるのだった。

「あらゆる人間のなかに、当人のほかには誰も知らない、不変の、無言の生命がひそんでいる」という言葉は真実なのだろう。だが、人はそれに対して知らない振りをしてやり過ごすことによって均衡を保っているところもある。

 

「悲しいだけ」藤枝静男

作者が70歳のときに発表された作品である。

作者は医師であるだけに、妻の闘病と死の描写が実に克明である。

主人公は、妻を亡くしたことで自らを顧みると共に、親兄弟・親族との繋がりについて見つめ直している。この言葉には、生を終えるときのことを考える年代になった者にとって、少なからず共感するところがあった。

死は一つの現象であるという理屈は分かっているが、「悲しいだけ」という感覚が塊となって存在している。

今、この向こうにあるものに向かって行こうとしているのだが、今は悲しい。主人公は前に向かおうとしているのだ。

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百年文庫54「巡」ノヴァーリス ベッケル ゴーチェ

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「アトランティス物語」ノヴァーリス 高橋英夫 訳

国王に寵愛されている王女がある日急に失踪した。王女は遊園に接した翁の家屋敷で出会った若者と恋に落ちてしまったのである。王女は一目にふれない地下室を住みかとしていた。王女は父王を思い独り泣いていたが、若者の前ではその悲しみを隠していた。

国王は深い悲しみの中にいた。

一年が過ぎ、昔の饗宴が再開された。詩人が歌い終わった静寂の中に若者の美しい歌が聞こえてきた。その後、幼子を抱きヴェールをかぶった王女を伴って翁が現れ、王女は涙とともに王の足もとにくずれ幼子をさしだした。国王はきびしい様子をしていたが、やがて王女を抱きしめ大声で泣いた。

詩人たちは高らかに歌声をあげ、その夜は国全体の聖なる前夜祭となった。

 

この物語の最後が、何とも読者の想像を駆り立ててならない。

「その後、この国がどうなったのか、これはだれも知っている者はいない。アトランティスははげしい洪水によって姿を消してしまった、と言われている。」

この伝説の地が実在し、そこに人々が暮らし、いくつもの物語が生まれたのだとしたら……、その物語が今も海底に沈んであるのだとしたら……、と思いを巡らすばかりだった。

 

「枯葉」ベッケル 高橋正武 訳

二ひらの枯葉たちの会話である。

一ひらは野面を吹かれて、もう一ひらは水の流れの途中で風に吹き上げられ、枯葉たちは出会った。

枯葉たちは思い出す。芽を出した日のこと。高い梢にいたこと。虫たちが飛び回っていたこと。小鳥が巣をつくったこと。少女が泣いていたこと。

やがて虫たちがいなくなり、小鳥たちもいってしまい、自分たちも枯葉となって吹きもぎ取られた。吹き飛ばされて少女の眠っている墓の上で休んだこともあった。

そして、枯葉たちはまた風に吹き飛ばされて別れ別れになる。

 落葉舞う季節に呼応するように哀愁を誘われる作品であった。

 

「ポンペイ夜話」ゴーチェ 田辺貞之助 訳

オクタヴィヤンという青年が友人と三人でポンペイの遺跡を訪ねたときの話。

オクタヴィヤンは、ナポリのストゥーディ博物館で、溶岩が女性の身体をつつんで冷却し、その輪郭を保存したといわれる塊に出会い一人魅了される。それはアッリウス・ディオメデスの別荘の地下室から発掘された押型だった。

その後彼らはポンペイを訪れ遺跡を見学するが、オクタヴィヤンはその夜一人で遺跡を訪ね、そこでアッリウス・ディオメデスの姫アッリウス・マルチェッラと出会う。彼女こそ溶岩に美しい痕跡を残した女性だった。
あれは夢だったのか、それとも現実だったのか? 二千年の時をこえ、ロマンティシズムの世界へ誘う物語である。

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百年文庫53「街」谷 譲次 子母澤 寛 富士 正晴

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 「感傷の靴」谷 譲次

アメリカで暮らすジョウジ・タニイは成金が集まる倶楽部で給仕人として働いていたが、一歩倶楽部から出ると自尊心のために大金持ちのように振る舞っていた。

ある日ジョウジは倶楽部によく来るスミスという親爺の店で高価な靴を買った。それは、スミスから意地悪くフランクと呼ばれることへの返報だった。そしてその靴を従軍が決まったヘンリイ・河田が借りていった、といった物語の展開である。

その後、戦勝記念日の進軍の中で馬に乗って手を振るヘンリイの姿があった。ジョウジは故国を遠く離れたところで活躍する日本人ヘンリイを見て嬉し涙を流すのだった。

(大正時代に異国にいた人の日本人であることへの感傷を書いたものだろうが、現在兵士としてウクライナの戦場で戦う日本人がいるという報道をみると、感傷どころではなくなる。)

「チコの話」子母澤 寛

夫に早く先立たれ一人息子を戦争で亡くしたおときさんに身寄りはなく、「私」の家のお手伝いをしていた。そのおときさんが雨に濡れ死にかかったような子犬を拾ってきた。おときさんの懸命な介抱によって子犬は助かり「チコ」と呼ばれて育った。

2年後、おときさんが肺炎らしい徴候を見せて入院すると、チコはご飯を食べなくなった。

おときさんが「チコを頼みます」と何度も言うので、「私」はチコを病院へ連れて行った。

チコはおときさんが亡くなってから家を飛び出して何度も病院へ行った。チコはご飯を食べず、雪の朝、おときさんが亡くなった病室のすぐ下で眠ったように死んでいた。

(12章から成る短い文章の連なりが読みやすく、淡々とした書きぶりから、犬と飼い主の真実の関係が伝わってくる。)

 

「一夜の宿・恋の傍杖」富士 正晴

「傍杖(そばづえ)」を辞書で引くと、「自分とは関係ないことに巻き込まれて災難を受けること」とある。その災難を受けるのが木の花という男性編集者で、災難の元になるのがハアちゃんという女性作家である。シュミーズ姿のハアちゃんと薄汚れたワイシャツのミイちゃんという男性との修羅場は、薄暗い白黒映画を見ているようである。

1955年の作品。一つ一つの風物が戦後間もない時代を物語っている。

 

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百年文庫52「婚」久米正雄 ジョイス ラードナー

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 「求婚者の話」久米正雄

主人公の鈴木八太郎は、下宿の窓下を通った女性に一目惚れし、その30分後に女性の父親と会い結婚の約束を取り付けた。

それから29年後。八太郎の所に青年が訪ねてきて、彼の娘を頂きたいと告げた。まさに29年前の彼と同じ構図である。

青年は彼が妻を貰ったときの行為を知っていた。そのことが物語の結末に大きく関係する。

 

「下宿屋」ジョイス 安藤一郎 訳

肉屋の娘ムーニーは店の番頭と結婚して肉屋を開いたが、夫は間もなく堕落した。それで彼女は夫と別居して下宿屋を開いた。ムーニーの息子はならず者だという評判。娘のポリーには家事をやらせていた。

そのポリーが下宿人のドーランと関係を持ってしまう。ムーニーはポリーが傷つかずに済むよう願い奔走する。

「ポリー」「下へおいでよ。ドーランさんがお前に話があるってさ」という言葉が、物語の結末を知らせている。

 

「アリバイ・アイク」ラードナー 加島祥造 訳

「アリバイ・アイク」とは仇名で「弁解屋アイク」という意味である。

アイクは攻守に活躍する野球選手だが、プレイの後に必ず何か一言弁解めいたコメントを残す癖があった。そうした発言は野球以外のところにも見られ、アイクは心にもない弁解によって婚約者から婚約指輪を返されてしまう。
ユーモアがあって、どこかしみじみとする物語である。

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百年文庫51「星」アンデルセン ビョルンソン ラーゲルレーヴ

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「ひとり者のナイトキャップ」アンデルセン 盒況鯑 訳

切れ、切れ、たきぎを!

おや、おや、こしょうの番頭さん!

ねるときゃ、ナイトキャップをかぶって、

あかりも自分でつけましょう!

 

これは、こしょう番頭とナイトキャップをからかう歌で、このナイトキャップを欲しがってはいけないのだそうだ。何故欲しがってはいけないのか? この物語を読むとその理由が分かる、という仕掛けになっている。

主人公のアントンとモリ―は子供の頃から互いに好意を寄せていたが、やがてアントンはふられてしまう。失意のアントンを立ち直らせたのは、豊かな商人だった家の没落だった。不幸の中では失恋の悲しみなど考えていられなかったのだ。

アントンはナイトキャップをかぶったこしょう番頭(ドイツの商人の番頭)になり、結婚はせずに独り生涯を終えた。

ナイトキャップを欲しがってはいけない理由は、是非本文で確かめていただきたい。

 

「父親」ビョルンソン 山室 静 訳

主人公トオルは教区一番の有力者。彼は一人息子のことで4度牧師の部屋を訪ねている。

初めは息子が洗礼をうけるため。次は息子の堅信礼で一番の席をもらうため。3度目は息子が教区一番の財産持ちの娘と結婚するため。そして4度目は……。

終末の「そうして二粒の涙が、のろのろと彼の顔を流れ落ちた」に、このアンソロジーの意図を感じた。

ビョルンソンは1903年にノーベル文学賞を受賞している。

 

「ともしび」ラーゲルレーヴ イシガオサム 訳

主人公ラニエロは十字軍での武勇を賞され、キリストの墓の聖火を第一番にロウソクに点火したその火をフィレンツェに届けることになった。

馬に乗ってロウソクの火を消さずにフィレンツェまで行くことは並大抵のことではなかった。

しかし、ラエニロは、その旅の中で「そうだ、おれはかよわい中にも最もかよわいものを守ることしか念頭にないのを、小鳥たちも知っているから、それでこのおれをこわがらないのだな」と自分の変容に気付き始める。

ラーゲルレーヴは「ニルスのふしぎな旅」の作者。1909年ノーベル文学賞受賞。


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ウクライナを思う

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ウクライナ情勢の報道を見ない日はない。

ウクライナに関する理解を深めたいと思い、黒川祐次 著「物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国」を手にとった。

文中に「ウクライナの歴史は国のない民族の歴史」とあったが、国を持とうとしても常に隣国に支配され続けてきたウクライナが、ついに1991年に独立し「ウクライナ」という国名と青と黄の国旗を持つことができたのだ。

ウクライナは西欧世界とロシア、アジアを結ぶ通路で幾多の民族がここを通った。そのためにウクライナは大北方戦争、ナポレオン戦争、クリミア戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦の戦場になった

2002年初版のこの本に「この地域はソ連が思いもかけず崩壊して、いまだ安定した国際関係が充分出来上がっていない。その意味でウクライナが独立を維持して安定することは、ヨーロッパ、ひいては世界の平和と安定にとり重要である」とある。まさに今のような情勢になることをこの時点で懸念していたことが分かる。

チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」はウクライナのカーミアンカの民謡がもとになっているそうだ。あの旋律を生んだ土地の美しさを思わず想像してしまう。

物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国 (中公新書)

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百年文庫50「都」ギッシング H・Sホワイトヘッド ウォートン

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「くすり指」ギッシング 小池 滋 訳

ローマで出会ったライトンとケリンの恋の物語。

イギリス人のライトンはローマで療養中、ケリンはオーストラリアから郷里のアイルランドへ帰る途中だった。

二人は互いに感情の表出を抑えていたが、その距離は少しずつ縮まっていき、惹かれ合うようになっていった。そこに至る二人の行動、表情、心情の描写が絶妙だ。

この恋の行方については触れずにおくが、最後まで落ち着いた文章が続く。

「くすり指」が婚約指環をはめる指であることが物語の中に象徴的に描かれている。

 

「お茶の葉」HSホワイトヘッド 荒俣 宏 訳

教師ミス・アビー・タッカーは節約生活をしてお金を貯めて念願のヨーロッパ旅行に出かけた。彼女は紅茶を飲みほした後にできる葉の模様から予言を読み取ることができた。旅先での予言はBOWという絵と47の数字だった。そしてその後に買ったネックレスが彼女に幸運をもたらす。

この夢のような物語は、昨今の暗い世相を一瞬忘れさせてくれる。

 

「ローマ熱」ウォートン 大津栄一郎 訳

主な登場人物はミセス・スレイドとミセス・アンズレー。二人は娘時代からの友人で、共に娘を持ち未亡人となった中年のアメリカ女性である。二人は娘たちを連れて旅をしていた。二人はローマのレストランのテラスで食事をしていたが、話しをしているうちに、それまで話したことのない娘時代の秘密が明らかになっていく。それは一人の男性を巡っての衝撃的な告白だった。

二人の言葉のやり取りから微妙な心理状態が伝わってくる。

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百年文庫48「波」菊池 寛 八木義徳 シェンキェヴィチ

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「俊寛」菊池 寛

平家打倒の陰謀に加担したとして、成経、康頼とともに鬼界ヶ島に流刑となった俊寛の物語。

ある日、島に赦免の使者を乗せた船が到着したが、俊寛だけが赦免されず島に残された。成経と康頼を乗せた船が島を離れる時、俊寛は声が出なくなるほど叫び助けを求めた。

失意の末、俊寛は煩悩を起こすことのないこの島が唯一の浄土ではないかと思い始める。

その後の俊寛はロビンソン・クルーソーのように島に適応して、やがて島の娘と結婚する。

絶望の中に新たな人生を切り開いていく俊寛の姿に勇気・希望を見た。

 

「劉廣福」八木義徳

1944年芥川賞受賞作品。

劉廣福(リュウカンフク)は巨大な体躯に童顔、そして吃音があった。天涯孤独の彼には許嫁がいて、結婚資金を貯めるために、満州の工場で働き切り詰めた生活をしていた。そんな彼はいくつもの困難を乗り越えて工人たちの信頼を得て行く。

忍耐強く誠実に努力している劉廣福の内面が見えてきたときの感動が心地よい。

 

「燈台守」シェンキェヴィチ 吉上昭三 訳

ポーランドの国民的作家。1905年、ノーベル文学賞受賞。

諸国を流浪の末たどり着いた燈台守の仕事。スカヴィンスキはこの燈台を安住の地として毎晩明かりを灯してきた。そんな彼の元にニューヨークのポーランド教会から母国語の本が届いた。彼が40年ぶりに祖国の言葉で音読する場面がクライマックスである。しかしその後、彼に何とも言い難い悲劇が訪れる。

祖国への張り裂けそうな思いに駆られるスカヴィンスキを多くの読者が案ずることだろう。

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百年文庫49「膳」矢田津世子 藤沢桓夫 上司小剣

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「茶粥の記」矢田津世子

清子と姑(はは)の郷里は同じ秋田のようだ。清子は良人(おっと)と姑との三人暮らしだったが、良人が急性肺炎でなくなり、二人は遺骨と共に帰郷することになった。

良人は、雑誌に記事まで書くほど食べ物に詳しかった。清子はそんな良人のことを回想する。茶粥を始めたくさんの美味しいものが登場し読者を楽しませる。ほのぼのとした清子と姑の関係が何ともいい。

 

「万年青」矢田津世子

福子は親類みんなから「可愛い嫁さん!」と親しまれおり、本家の隠居も彼女のことを自慢していた。

隠居は福子の良人(おっと)の祖母にあたる。隠居は隠居後も采配を振るっており、孫嫁たちは隠居の寵を得ようと一所懸命だったが、福子の隠居に対する気持ちは他と少し違っていた。

福子の人となりが滲み出る文章が秀逸である。

 

「茶人」藤沢桓夫

七宮七兵衛は、一代で財をなした希代の吝嗇家(りんしょくか)だった。つまり「けちんぼ」である。七兵衛は月に一度順番で開かれる茶会に招かれるものの、自家に人を招くことはなかった。そんな七兵衛が催促されて茶会を開いたのだが、それは実に珍妙なものだった。

資産家の吝嗇。現代でも通ずる話である。

 

「鱧の皮」上司小剣

ある日、讃岐屋のお文の元に家出した夫から無心の手紙が届く。興行好きが借金を重ねた結果らしい。タイトル「鱧の皮」にはそんな夫に対する情が込められており、それが終末と見事に呼応している。

千日前、法善寺裏の路次、善哉屋横のおかめ人形など、大阪の情緒が写実的に描かれていて味わい深い。
 

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百年文庫47「群」オーウェル 武田麟太郎 モーム

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「象を射つ」オーウェル 高畠文夫 訳

オーウェルが警察官として過ごしたビルマでの経験を書いたエッセイ。

「さかり」がついた飼い象が暴れて逃げ出した。護身用に準備したライフルを持って像を探している「わたし」の後を何人かの住民がついてくる。「わたし」が象を撃つものと思っているのだ。

一人のイギリス人の後に二千人もの群衆がついてくる光景が映像として見えてくる。

最後に像が打たれる場面の描写には文章ならではのリアリティがある。

 

「日本三文オペラ」武田麟太郎

広告軽気球が繋がれている三階建てのアパートがこの物語の舞台である。

主な登場人物は、このアパートの主人、三階の八号室に住む映画説明者、一号室の爺さんと婆さん、四号室のカフェーの女給と情夫、二階の七号室のコックの男、等々。それぞれのエピソードを織り込みながら物語が展開していく。

ラストシーンは、主人が広告軽気球を下ろす場面。大騒動の末静かに幕を下ろす。

 

「マッキントッシュ」モーム 河野一郎 訳

舞台はサモア諸島のタルア島。この島を治める行政官ウォーカーとその助手マッキントッシュの物語である。

几帳面なマッキントッシュからすると、ウォーカーはがさつで下品で肉欲に憑かれた老人に見えた。ウォーカーは「鉄の鞭をもって先住民たちを支配し、いっさい抗うことを許さなかったが、そうかといって、島にいる白人たちが彼らの虚につけこむことは、絶対に容赦しなかった」。彼は先住民を我が子のように思っていた。しかし、そんなウォーカーに反感を持つ先住民たちが現れる。

読者の多くはマッキントッシュの側に立って読み進めるだろう。だからこそ、予想もしなかった展開に驚く。最後の最後にウォーカーの真実の言葉を聞くことができる。

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百年文庫46「宵」樋口一葉 国木田独歩 森 鴎外

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「十三夜」樋口一葉

お関は、原田という家格の違う家に嫁いだが、夫の冷たい仕打ちに我慢できずに子供を残して実家に帰った。

事の詳細が、お関と父母との会話から分かってくる。

父も母もお関に同情したが、父は熟慮の末原田家へ戻るように言い含めた。

原田家へ戻ることを決め車に乗ったお関は、その車夫が子供の頃から慕っていた煙草屋の録之助であると知る。

録之助は、お関が嫁入りすることを知り放蕩するようになった。その後ついに身を破滅し車夫となっていたのだった。

「憂きはお互いの世におもう事多し」

文語体の文章がじんわりとしみ込んでくる。

 

「置土産」国木田独歩

油の小売りをしている吉次は、軍夫になって彼地に渡って大稼ぎして、それを資本に店を出したいと考えていた。

吉次がよく行く茶店に、そこで働くお絹とお常という娘がいた。

彼地に向かう前、吉次はお絹とお常への置き土産として櫛を買い求め、八幡宮の賽銭箱の上に置いた。

それからしばらくたって、茶屋に吉次が彼地で病死したという知らせが入った。

吉次はお絹に百円を渡して欲しいと遺言を残していた。

物語の最後の最後に吉次の思いが明らかになる展開。お絹の行いに心情が察せられる。

 

「うたかたの記」森 鴎外

ミュンヘンの美術学校で学ぶことになった巨勢(こせ)が、カフェでマリイという少女(おとめ)と出会う。

マリイが自分の身の上を語るうちに彼女は巨勢が6年前にマルクを置き与えたすみれ売りの女の子であることが分かる。

二人はマリイが暮らしていたスタルンべルヒの湖水を訪ね、物語はそこでクライマックスを迎える。

ドイツという異国の情景を文語体で読むのも趣があってよいと感じた。

 

※(三篇とも文語体ですが、総ルビなので比較的読みやすいと思います。)

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百年文庫45「地」ヴェルガ キロガ 武田泰淳

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「羊飼イエーリ」ヴェルガ 河島英昭 訳

 羊飼イエーリは孤独な少年時代を過ごしたが、自分の力で生き抜き純朴な若者に成長した。

彼には、幼い頃に共に過ごした友達がいた。一人は隣人の娘マーラ。もう一人は別荘生活をしていたドン・アルフォンソ。
彼はずっと好きだったマーラと結婚する。しかし、ドン・アルフォンソにマーラを寝取られてしまう。

過酷な現実を辛抱強く生き抜いてきたイエーリなのに、そのラストシーンはあまりにも悲しい。

 

「流されて」キロガ 田中志保子 訳

アメリカハブに噛まれた男が、タクル−パクでの治療を求めてパラナ川をカヌーで下る話。

足はパンパンに腫れ、激痛が走りのどの渇きが続いたが、やがてそれらはやわらいでいった。

気分が良くなり毒は抜け始めたと思った。

しかし、男は急に体が冷たくなったのに気づく。

カヌーが流されていくときの男の意識が克明に描かれている。

 

「動物」武田泰淳

動物園の子熊に指を噛まれた男の子の父親、南木氏。その動物園の創始者М氏の飼い犬に跳びつかれて怪我をした女の子の父親、西川氏。

南木氏は正人君子型西洋史学者でM氏に対して巧みに親密に接した。西川氏は正直一点張り動物学者で怒りを爆発させた。

ある夜、大きくなった子熊が檻を破って脱出した。折も折、四歳と一歳の二匹連れの熊が小学生を襲った。

南木氏も山狩りに参加したが、屈強な猟師までが瀕死の重傷を負ってしまい、南木氏は憂鬱のとりこになってしまう。

最後の南木の言葉がこの物語の全てを語っている。

 

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百年文庫44「汝」吉屋信子 山本有三 石川達三

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「もう一人の私」吉屋信子

祖父母の墓参りに行ったとき、墓誌に見付けた「夢幻秋露童女」という戒名。それは生まれて間もなく亡くなった双子の姉のものだった。それ以来主人公の心のどこかにいつも姉がいたのだろう。

高校生となった主人公は、映画館のトイレで自分に生き写しの姉と思いがけず出会う。それは幻影だったのか?

やがて主人公は両親が選んだ男性と結婚し、新婚旅行へ出かける。そして、宿泊先のホテルで再び亡くなった姉と出会う。

命日に欠かさず墓に花を手向けるというラストシーンに安堵した。

 

「チョコレート」山本有三

主人公は、経済的にも精神的にも恵まれた家庭に育っているようだが、だだの金持ちのお坊ちゃんではない情緒的安定を感じる。

父親の口利きで就職が決まった陰で友人の内定が取り消しになったことを知り、主人公は自らその職を辞退する。

自力で職を見つけようとする主人公の意志を尊重した父の計らいは、彼を悩ませる結果になったが、彼の家が壊れることはないだろう。

最後の赤いきれの「明治ミルクチョコレート」という文字。染料の仕事をしていた父親のことだろうか?

 

「自由詩人」石川達三

詩人は、「近いうちに詩集が出版されるから」と言って何度も「私」から借金をした。

彼は元々、哲学的でまじめで孤独な学生だった。そんな彼が退廃していったのは、愛した人を肺の病で亡くしてからだったように読み取れる。

作者は彼を、

人間を区別することのできない男だった。

国家からも社会からも自由だった。

飄々として一個の詩人であるにすぎなかった。

現代を超越してどこかしら別のところで生きていた。

と評している。

そんな彼は、最後に子供を道ずれに死んでしまう。

哀れで悲しく切ない物語である。

  

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「信州に上医あり―若月俊一と佐久病院―」南木佳士

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1993年、今から29年前に書かれた人物評伝である。

若月俊一は佐久総合病院を育てた初代院長で、農村医療を確立した医師である。

この本を読もうと思ったのは、著者の作品に登場する若月を投影したと思われる院長との関係性に興味を持ったからである。また、つい最近、地元で農村医療に尽力してきた医師を取り上げた記事の中に若月のことが書かれていたこともある。

著者は、この本で若月の人物像を掘り下げていく。

比較的裕福な幼少年期が若月のふところの深さを育てた。共産主義からの転向。どこまでも行動を重んじる知識人。ケンカ上手で臆病。等々、若月を多面的に評している。

興味深かったのが、昭和40年代の学園紛争を経験して佐久病院に入ってきた若い医師たちとのやり取りである。社会の矛盾に立ち向かう若い医師たちとセンチメンタルヒューマニストの若月。理想の医療と経営者の責任との間で若月はタフだったと著者は言う。

著者は上医若月という人間に惹かれて本書を書いた。

上医とは?

著者は「患者の住む地域社会の抱える様々な問題にまで取り組もうとするのがほんとうの上医である」と述べている。

信州に上医あり: 若月俊一と佐久病院 (岩波新書)

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百年文庫42「夢」ポルガー 三島由紀夫 ヘミングウェイ

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「すみれの君」ポルガー 池内 紀 訳

「すみれの君」とはルドルフ伯爵の愛称である。

彼は湯水のように金を使い、女たちによくもて、連隊仲間にも人気があった。しかし、トランプの借金により財政が悪化し一介の兵士になってしまう。そして時がたち貧困の老人となった彼の前にオペレッタの星ベッティーナが現れる。老いて落ちぶれてもなおプライドを持ち続ける貴族の話である。

 

「雨の中の噴水」三島由紀夫

少年は、人生で最初の別れ話をするという夢のために少女を愛し、それを実現することができた。

少年は、雨の中、涙を流す少女を傘に入れて歩いた。そして少女に噴水を見せるために公園へ行き噴水を眺めつづけた。

少年は少女が別れ話に涙していたとばかり思っていた。しかし少女は肝心の「別れよう」という言葉を聞いてはいなかったのである。少年の夢は実現しなかったのだ。

噴水が、そこにあるかのように描かれている。

 

「フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯」ヘミングウェイ 高見 浩 訳

物語は食事用テントの中の場面から始まる。

主な登場人物は、フランシス・マカンバーとその妻マーガレット・マカンバー、そして狩猟ガイドのロバート・ウィルソン。三人は、このテントを拠点に狩猟をしていた。

ライオンのことが話題になると、マーガッレットは「ライオンの話は止めましょうよ」と言った。この言葉の意味が知りたくて読み進めた。

すると、「そもそものきっかけは……」とそのライオンの件について話がはじまる。

手負いのライオンの描写が凄い。この場面を映画で表現できるだろうか? 文章でなければ表し得ない場面ではないかと思う。(これは戸川幸夫の「爪王」と共通する)

このライオンの一件を知るとマーガレットの言葉の意味が分かってくる。そしてそれは、その後の三人の関係、思わぬラストシーンへの展開へとつながっていく。

写実的で、まるでスケールの大きな映画を見ているようだった。

 

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「草すべり その他の短篇」南木佳士

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作者を投影したかと思われる医師を主人公とした物語。

数多くの患者の死に向き合う中でうつ病を発症した主人公が病を克服していく過程に「山」との出会いがあった。

主人公は山歩きで自らを再生させながら、幾人かの登場人物の生と死について記憶をよみがえらせていく。そして、登場人物との関わりの中で、うつ病に苦しみながらも、生き延びてきた自分を見つめる。

 

「草すべり」40年前に高校の同級生だった女性が登場する。歳を重ねるとはどういうことなのか、じんわりと伝わってきた。

「旧盆」:亡くなった家族のこと、癌で亡くなった同僚のことが書かれている。

故郷の庭でバーベキューの火を見ながら、亡き人たちをしのぶ旧盆。今に至る自分を見つめる静かな時間が流れている。

「バカ尾根」:昨年「バカ尾根」を先導してくれたおばさんとは、二週間前に妙義山の鎖場で出会っていた。そんな山の話の中に96歳で亡くなった上医のことが出て来る。主人公の上医に対する畏敬の念を強く感じた。

「穂高山」:穂高連峰を一望できる山小屋のテラスで、主人公は工業高校で国語教師をしているという男に出会う。男は三年前に妻を亡くし、自身に初期の癌が見つかり手術を受けていた。共に缶ビールを飲んだ次の日、主人公は下山の予定を変えて山に登ることにした。

 

歳を重ねていくこと。老いること。死とは。生とは。それらが、この4つの作品によって何度も頭の中を巡っていた。
 

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百年文庫41「女」芝木好子 西條八十 平林たい子

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「洲崎パラダイス」芝木好子

舞台は洲崎遊郭へ渡る橋のたもとの小さな飲み屋。会社をクビになった男と娼婦上がりの女の物語。女はこの店で、男は近くの蕎麦屋で働くことになった。女はすぐに客に気に入られ明日からの変化を夢見るが、男は嫉妬しつつも女を頼る。女はそんな意気地のない男に愛想を尽かすのだが……。「寂しがりやで、小心で、そのくせ無謀なところもあった。屋台へ入るのも気恥ずかしくて、女をからかうすべもしらず、こそこそ隅にいってしまう男だが、メータクに乗ると、釣銭はいらないと見栄を張ったりする。」という言葉に女性ならではの視点を感じる。

 

「黒縮緬の女」西條八十

大学を出たばかりの主人公が浅草六区で出会った黒縮緬の女。雷門の大通りに面した天ぷら屋で酒宴をもち、本願寺うらの旅館に入った。それから四日後、その女が今戸のお粂という大姐御だと知る。「おもいでは風のように来る」という書き出しが、遠い日の思い出を自然に甦らせている。

 

「行く雲」平林たい子

里子の夫には女がいて、その女との間に娘がいた。里子は夫と離婚し息子と二人で暮らしていた。ある日、女から夫が交通事故に遭ったという電話を受け病院に駆けつけるが夫は帰らぬ人となっていた。里子は、女と娘が夫のことを忘れても、自分はゆっくりと深く夫の死を悲しんでやろう、と思った。別れた夫の死に対する悲しみが複雑に描かれている作品である。

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百年文庫43「家」フィリップ 坪田譲治 シュティフター

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「帰宅」フィリップ 山田 稔 訳

仕事を探しに行くと言って出て行った酒飲みの男が4年ぶりに家に帰った。妻は俯いて前掛けで顔を覆った。三人の子供のうち下の二人は父親のことを覚えていないが、13歳になる娘は彼を覚えていた。そこへ、互いによく知るもう一人の男が入ってきた。彼はこの家の家族となって暮らしていたのだった。

 

「小さな弟」フィリップ 山田 稔 訳

お母さんとお父さんが旅行に出かけるので、4人の子供が小父さんの家に泊まりに行くことになった。小父さんの家には子供が3人いて、子供たちは3台のベッドに一緒に寝て一夜を過ごした。

翌朝、家に帰ると母の枕元にカーテンの引かれた小さな揺かごが置いてあった。

4人の子供たちがそろって赤ちゃんと対面する場面が何とも微笑ましい。

 

「いちばん罪深い者」フィリップ 山田 稔 訳

木靴職人のペティパトンが鍛冶屋のボルドーと錠前屋のロメに誘われて昼間から白葡萄酒を飲んだ。

その日、神父のお説教があった。教会へ向かう人たちを見て、酔っぱらった彼ら三人も教会へ行くことにした。

ペティパトンは神父の

「兄弟たちよ、わたしたちのうちでいちばん罪深い者は誰だ、などと言えるものが、一体いるでしょうか」

という問いに対して、

「いちばん罪深い者、そりゃあ、わたしですよ!」

と答えた。

次の日、ペティパトンの家に司祭と神父が訪ねてきた。ペティパトンは白葡萄酒をご馳走し、商売の話をすると司祭はペティパトンに木靴を一足注文した。

「酔っぱらいにも神様はいる」

人をおおらかな気持ちにさせてくれる短篇である。

 

「ふたりの乞食」フィリップ 山田 稔 訳

二人連れの年をとった乞食がいた。町の人たちが二人に施しをするのは爺さんの目が不自由だったこともあるが、二人がいつも身ぎれいだったからだ。しかし、その爺さんが行き倒れになって亡くなってしまう。婆さんは町の人たちに爺さんが亡くなったことを知らせ、もう物乞いはしないと告げる。町の人たちは二人を助けてやれるのがうれしかったので、淋しがった。

人と人の温もりを感じさせられる短篇である。

「強情な娘」フィリップ 山田 稔 訳

動詞の命令形の活用が言えなかったジュリーが先生から罰を受けた。その次の日、先生に賞状授与式でピアノ伴奏をするように言われたが、ジュリーは「いやです」と断った。先生が三度繰り返して頼んでもジュリーは三度とも「いやです」と答えた。

母親も彼女を説得したが、かたくなな気持ちを変えることができない。

この時期の生徒にありがちな心情を切り取った作品である。

 

「老人の死」フィリップ 山田 稔 訳

長年連れ添った妻を亡くした老人の話。

妻がベッドに寝ているうちはまだよかった。棺に入れられ蓋が締められると妻の顔が見られなくなる。老人は墓穴に下ろされ棺から遠ざかり家へ向かうの自分が薄情に思えた。そして翌朝、自分が独りぼっちだと気付いた時、妻は死んだのだとつくづく思った。

「ひょっとして、誰かと永年一緒に暮らしていると、体の中に何か生えてくるのだろうか。そしてその相手がこの世からいなくなると、その何かも消えてなくなる。今朝何も食べられなかったのは、たぶんそのせいだ」

そして三日目に彼は死んだ。

長年一緒に暮らしていた人の死とはどういうものなのか教えてくれる作品である。

 

「甚七南画風景」坪田譲治

甚七老人は、墓地からの景色を眺めに孫を連れて馬で出掛けた。途中川で鯰釣をしてみたり、墓では70年前に父親が亡くなった時に放鳥を行ったことを思い出し、使用人に小鳥を買いに行かせようとしたり、思い立ったことをやっている。

翌日は、幼時にのぞいた小鳥の巣が見たくて柿の木に梯子を掛けようとしたり、五月を待てずに鯉幟を立てたり武者人形を飾ったり、見たいものが次々に頭に浮かんでくる。

自分の死について考える老人を、達観した明るさで描いている。

 

「みかげ石」シュティフター 藤村 宏 訳

物語は、主人公が子供の頃、車の差油を売り歩く風変わりな男から足に油を塗られたところから始まる。彼のおじいさんは、油で衣服や床を汚し母親に叱られた主人公を慰めるために外へ連れ出した。美しい景色の中を歩きながらおじいさんが教えてくれたのは、昔この村に流行したペストの話だった。村人たちが次々と亡くなっていく中、森の中で生き抜いた少年と少女がいた。その後少年は叔父さんのところで油をつくる仕事をしていたが、何年もたってから少女と結婚し叔父さんのもとを離れた。その叔父さんの血を引いたのが差油売りの男だったのだ。

子供の頃に聞いたおじいさんの話。主人公は、床についた油の跡がどうなったのか母親に聞いてみたいと思っている。

確かめてみたい子供の頃の出来事、自分にもあったように思う。

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「トラや」南木佳士

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重度のうつ病になると自殺念慮(死にたい気持ち)が症状に出ると聞くが、まさに台所の包丁に手を出した場面がそれだった。しかし、そこへシロとトラが現れて、大事にはならなかった。

うつ病のことは筆者の小説で知っていたが、エッセイとなるとリアルすぎて、読む者まで滅入ってしまいそうだった。

 

野良猫だったトラが家族の愛情をたっぷり受けて成長していく。筆者が父親と伯母の老いと死に向き合うときもトラはそばにいた。そして、そのトラも老いて死んでいった。

 

作中に、「永遠の不在は、遺された者の内に不在というかたちで残る。そして、それも遺された者の永遠の不在によって消滅する。」という筆者の文言がある。

また、マルクス・アウレーリウスの『自省録』には、「すべてかりそめにすぎない。おぼえる者もおぼえられる者も」という一節があるそうだ。

私が生まれる前に亡くなった祖父のことは、写真と祖母から聞いた話で自分の中に残っているが、その「かりそめ」に抗うことはできないのかもしれない。

 

トラという一匹の猫を通して命を見つめた筆者の心情がある。

「生きて老いて病んで死ぬ」(文庫版あとがき)

老齢の境地には達していないが、このことは、さらりと認めるしかない。


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百年文庫40「瞳」ラニアン チェーホフ モーパッサン

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「ブロードウェイの天使」ラニアン 加島祥造 訳

ブロードウェイで場外馬券屋をやっているベソ公と呼ばれる男がいた。ある日、若い男が馬券の担保として小さな女の子をベソ公に預けたが、その男は帰ってこなかった。

ベソ公はしかたなくその女の子を連れて歩いた。女の子はレストランの前で演奏する手回しオルガンに合わせてダンス踊った。その愛らしさにベソ公を知る「みんな」はベソ公がこの子をどうすべきか議論した。

ベソ公は女の子のために自動車を買い使用人を雇って彼女を育てた。ベソ公の悲しげで意地悪で下品な顔つきが変わっていった。

ところが、ある晩、女の子が肺炎になってしまった。入院した女の子に「みんな」からお見舞いの品が届いた。女の子は肺炎の権威の博士にも診てもらったが天に召されてしまう。

そこへ女の子を預けた若い男が現れ、「自分の子供は母方のお爺さんのただ一人の相続人で、自分たちはもうじき金持ちになる」と告げる。

ベソ公の顔は女の子に会う前の泣きべそめいた意地悪で卑しい顔つきに変わった。

 

この作品は1932年に発表され、1934年に「リトル・ミス・マーカー」というタイトルで映画化されヒットしたそうである。

 

「子供たち」チェーホフ 池田健太郎 訳

父母と叔母が将校の家の洗礼式に出掛けた。本当は寝る時間なのだが、子供たちは大人たちから洗礼式の話を聞くまでは寝る訳にはいかず、ロトーあそびに興じていた。グリーシャ、アーニャ、アリョーシャ、ソーニャ、アンドレイ、そしてワーシャ。年齢や性格の違いによって彼らのゲームへの関わり方が違う。

いつの間にか6歳のソーニャが眠っていた。8歳のアーニャがソーニャをベットへ連れて行く。そしてその5分後、そのベットにアリョーシャ、グリーシャ、アーニャ、アンドレイが一緒に寝ている。その光景の描写が何とも微笑ましい。

 

「悲恋」モーパッサン 青柳瑞穂 訳

ノルマンディを旅する若い画家が、農家の宿屋で年増のイギリス人女性と出会う。無愛想な彼女を宿の人たちは「デモニアク(悪魔につかれた女)」と呼んだが、彼女は画家が描く絵を介して少しずつ心を開いていった。

やがて画家は彼女が自分に好意をもっていることに気付く、そして画家が宿を出て行くことを決めたその夜、彼女は画家と若い娘との行為を目撃し、井戸に身を投げてしまう。

画家は彼女の死後、彼女が神を信じ、人間以外のあらゆる生物や事物を愛していたことを知る。一人で通夜をした画家の、

「いまや、彼女は解体して、今度は植物になろうとしています。彼女は、日光をあびて、花をひらくことでしょう。牝牛に食べられ、種子となり、鳥に運ばれることでしょう。そして、今度は動物の肉となり、ふたたび人間にもどることでしょう。」

という言葉が印象深い。

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「医学生」南木佳士

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単行本の発行が1993年だから、今から29年前の本ということになる。

作者は1951年生まれで私より6歳上であることがはっきり分かるところがある。それは、作中の主人公たちが医学部を卒業するとき、ラジカセから中島みゆきの「時代」が流れていたことだ。私が大学1年生のときにこの曲がよく流れていたので歳の計算が合う。

新設2年目の秋田大学医学部は田んぼの中にあり校舎は建設中だった。医師を目指す4人の学生はそれぞれの事情を抱えて入学し、医師になるための厳しい道を歩み始める。彼らは、実習等を通して人間の死に関わり、様々な試練を乗り越えて医学部を卒業した。

医師国家試験を突破し、足早に秋田を離れて行った彼ら。この作品で救われるのは、15年後の彼らの姿を伝えているところだ。それぞれの生き方には秋田での日々が少なからず影響している。

作者はこの本の文庫化にあたり「五年遅れのあとがき」の中で、

「幸か不幸か、秋田大学医学部は型枠すらできていない段階だったので、私は自分で自分を作るしかなかった。このあたりに作家としての出発点があったような気がする。」

「そこに至ると、あれほど嫌っていた秋田での生活がなんだかたまらなく懐かしくなり、あれはあれで貴重な青春だったのだと了解できるようになった。」

と述べている。

そういった感慨は私にもある。人生を重ねていくうちに、過去を受け入れることができるようになるときが来るのだろう。

 

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子供たちが読む「トム・ソーヤーの冒険」

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前回、「トム・ソーヤーの冒険(マーク・トウェイン 柴田元幸 訳)新潮文庫」を読んで、児童生徒用の「トム・ソーヤー」はどのように書かれているのか知りたくなった。

そこで、さっそく地元図書館の児童コーナーを探してみたが、見つけることができず検索機で調べてみた。すると該当の本はほとんどが書庫に保管されていた。職員の方に探し出してもらった本は文学全集も含め全部で8冊。その中から子供が手に取りやすそうなものを選んで借りてきた。

 

講談社のおはなし童話館13 文 後藤竜二 絵 田口智子 1992年発行

美しい少年少女の大きな挿絵。読み聞かせにピッタリな体裁である。

文章は実に良くまとめられていて、原作(翻訳)の内容を損なうことなく子供に分かりやすい言葉で書かれている。小学校1.2年生あたりだったら充分読めるだろう。


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子どものための世界文学の森8 亀山龍樹 訳 集英社 1994年発行

前述の「トム・ソーヤー」からすると文字数も多くなり、内容もやや詳しく叙述されている。

小学校3.4年生にちょうどいい内容だと思う。子供たちの読み取りを助けるような挿絵がふんだんに使われている。

 

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岩波少年文庫 石井桃子 訳 岩波書店 1952年第1版発行 1988年改版発行

柴田元幸氏よりも60年も前の翻訳である。言葉が比較的平易で少年文庫にふさわしい訳だと思う。
例えば、柴田氏の
「……自然の猛威もだんだん収まって、脅しや不平の声からも勢いが失われ、平穏が支配権を取り戻していった。」
を、石井氏は
「……とうとう戦いは決して、脅迫、不平のうめきをだんだんよわめながら、軍勢は退却し、平和がふたたびあたりを支配した。」
と訳している。

読者層を中学生以上と設定しているが、読み慣れている子であれば小学5.6年生でも大丈夫だと思う。
 

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今回探した中には、小学校5.6年生向けの本はなかったが、もう少し探してみたい。

 

「トム・ソーヤーの冒険」マーク・トウェイン 柴田元幸 訳

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先に「ハックルベリィ・フィンの冒険」を立松和平氏の文で読んで、次はマーク・トウェインの作品を翻訳で読んでみようと「トム・ソーヤーの冒険(訳 柴田元幸)」を選んだ。

この物語が、児童・生徒用の本やアニメとなって多くの子供たちに親しまれてきたことは承知しているが、詳しい内容については皆無だった。

183040年代のアメリカ、ミズーリ州の小さい村が舞台。思わず子供のころの自分と重ね合わせてしまう場面がいたるところにあった。野外に隠れ家を作ったり、芋を焼いたり、密かに鉱石を宝物にしたり、死んだ猫の墓を作ったり……。子供のときにしか感じ得ることのできない経験が呼び起された。

絶妙な比喩表現に唸らせられた。

例えば、

嵐が徐々に収まっていく様子を「……自然の猛威もだんだん収まって、脅しや不平の声からも勢いが失われ、……」と、

学校で書かれる作文について、「……結末において、必ず一本の例外なく、根深い、耐えがたい教訓癖がその不具なる尻尾を振ってみせるという事実であった」と。

この本で、有難いと思ったのは、物語のイラストが表紙絵だけに限られている点である。多くの挿絵は読者の想像を限定してしまう。

今後、「ハックルベリィ・フィンの冒険」も柴田元幸氏の翻訳で読んでみたいと思っている。また、子供たちのために書かれた「トム・ソーヤーの冒険」にも目を通してみたい。

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百年文庫39「幻」川端康成 ヴァージニア・ウルフ 尾崎 翠

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 「白い満月」川端康成

使用人のお夏が癲癇と思われる発作を起こしたところで、前に一度読んでいることにやっと気が付いた。ネットで調べてみると、この作品はちくま文庫の「川端康成集」に収録されてあるとあった。

 

川端康成の文章はやはり美しい。この作品を読むとその美しさと隣り合わせた死や病を表現した文章にぶつかる。例えば、

「秋の虫ではこおろぎの声が一番美しいことが初めて分かったと思っている。」

と述べていながら、

「この大地は死骸にわいたうじ虫のようにこおろぎが蝕んでいるような気がしていらだたしい不安を感じる。」

と、人間の感情を絶妙に描いている。

 

「壁の染み」ヴァージニア・ウルフ 西崎 憲 訳

なにげなく顔をあげたところにあった壁の染みから、作者は想像豊かに思考を深めていく。言葉による一般化。男性の視点による生活の統治。ホイッティカー年鑑を離れること。等々、思考が切れ間なく進んでいくが、私にとってはかなり難解な一編であった。

 

「途上にて」尾崎 翠

読み取りが難しい作品で、何度か読み返してみた。

時間と空間が前後左右に織り込まれてあり、その糸を手繰るように読んでいく必要がある。また、人称の使い方が特徴的で、それも読み取りの手がかりになるのではないかと思う。

 

図書館からの帰り道、主人公(私)はかつて友達と二人でこの横町を歩いたことを思い出す。

そこで私は、その友達(あなた)に向けて手紙を書こうと思いたつ。あなたの好きだったあのおかみさんのこと。図書館で読んだ何とか閑という人の著書のこと。そこで私は、「あなたの旧い発見を証明する年ごろ」「私たちにとって非常に美しい少年の足」と思い出を共有する。

(私のペンはよほどしりごみしています)「今日のノオトはからっぽです」とあるので、私は物書きなのだろう。

更に、私はこの横町で中世紀氏という医学生に再会する。中世紀氏は私と友達のことを「あなたがた」と言っている。かつて三人には交友があったが、彼は結婚相手のために二人に絶交状を出していたのだった。

 

友だちは田舎に帰り、私は屋根裏に引っ越した。北海道のこおろぎの話、北海道に小包を送る話から、その友達は北海道に居るのではないかと思われる。

中世紀氏はピアノで賛美歌がひけるようになったら田舎の教会に行くと言っている。「こんどはあなたが思いがけなくそちらで中世紀氏に邂逅なさる番かもしれない……」と私が述べているので、中世紀氏の行先は北海道なのかもしれない。

 

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百年文庫37「駅」ヨーゼフ・フロート 戸板康二 プーシキン

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「駅長ファルメライアー」ヨーゼフ・フロート 渡辺健 訳

ファルメイアーはオーケストラの駅長で、妻と双子の女の子と暮らす普通の人間だった。ところがある日起きた彼の管理下の鉄道事故の後、彼の人生は大きく変わっていく。

彼は事故で助けたロシアのヴァレフスキー伯爵夫人のことが忘れられず、兵隊として赴いた戦地でロシア語を習得し夫人に会いに行った。やがてロシアに革命が起こり、彼は夫人を連れてロシアを逃れる。二人はヴァレフスキー家の別荘で暮らし始め、夫人はファルメライアーの子供を身ごもる。しかし、そこにヴァレフスキー伯爵がボルシェビキから逃れて帰って来た。伯爵は寝起きや食事も一人でできない状態だった。

結末はどうなるのか? 最後の章はわずか一行で終わっている。

 

「グリーン車の子供」戸板康二

1975年(昭和50年)の作品。

歌舞伎役者中村雅楽は、大阪から東京へ帰る新幹線で幼い女の子と隣り合わせた。女の子は父親らしき男性に付き添われていたが一人で東京に向かうという。同行の竹野の席は通路を挟んで一つ後ろで、その隣には京都から乗った40歳ほどの和服の女性が座っている。切符を手配した支配人が雅楽と竹野を同席にしなかったは何故か? 女の子や和服の女性の言動から、その理由が少しずつ分かってくる。

舞伎役者の中村雅楽が謎解きに挑む作品はほかにも何作かあるようなので是非読んでみたい。

 

「駅長」プーシキン 神西清 訳

1820年の作品。

「駅長」といっても、この駅は鉄道ではなく、駅逓馬車(馬車の馬を乗り継ぐ)の駅のことで、旅人の休憩の場所でもあった。

物語は、その駅長と娘の話。美しく気立てのよい娘は誰からも愛されていた。ところがある日、馬を求めて立ち寄った若い驃騎兵士官に娘が連れ去られてしまう。駅長は娘を取り戻そうとするが諦めざるを得ず、失意のまま年老いて亡くなってしまう。

下級官吏である駅長の哀しみが迫る作品である。

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「ハックルベリィ・フィンの冒険」(文)立松和平(原作)M・トウェイン

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百年文庫36「賭」(ポプラ社)に収められていた「百万ポンド紙幣」は大人の冒険小説と言っていい短編で、マーク・トウェインの面白さに触れることができた。

確か家の書架に彼の本があったはず、と探してみると、それが「ハックルベリィ・フィンの冒険」だった。「トム・ソーヤの冒険」なら知っているがこの作品にはあまり馴染みがない。

しかし、読んでみるとその内容の深さに唸らされる。基本的には楽しく読める冒険小説だが、その背景にはアメリカの奴隷制度がある。大酒飲みの父親から逃れたハックがジャクソン島で再会した黒人のジムも奴隷だった。ハックは奴隷制を廃止した自由州を目指すジムと共にいかだでミシシッピ川を下り始める。

今は亡き立松和平氏の文章によって、マーク・トウェインの世界に誘われた。1941年から現在に至るまで多くの訳者により日本語に翻訳されている。今度はどなたかの翻訳を読んでみようと思う。

 

ところで、手元にあるこの本は、講談社が1999年に発行した「痛快 世界の冒険文学」(全24巻)の中の一冊である。そのころ小学生だった子供たちが読むだろうと買い求めたことを思い出した。解説が分かりやすくて大人にとっても勉強になる本である。


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百年文庫36「賭」スティーブンスン エインズワース マーク・トウェイン

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「マークハイム」スティーブンスン 池 央耿 訳

マークハイムはクリスマスに骨董屋の主人を殺してしまう。外出していた小間使いの娘が帰って来るまでの悪魔の化身とのやり取りは、彼の中での自問自答であり、揺れ動く心の葛藤である。いかなる結末が待っているのか、巧みな心理描写で読者は引き込まれていく。

 

「メアリ・スチュークリ」エインズワース 佐藤良明 訳

作者が18歳のときに出版した短編集「12月物語」に収められ作品。

「私」はメアリと結婚する前日にイライザという女性と一緒にいるところをメアリの兄に見られてしまう。口論となった二人は決闘することになったが、その前に兄が何者かに殺されてしまう。そして嫌疑を掛けられた「私」はロンドンに逃れる。

やや突飛な展開とも思われるが、実際「決闘」は19世紀半ばまで盛んに行われていたという。200年前のイギリスが背景にあり興味深い。

 

「百万ポンド紙幣」マーク・トウェイン 三浦朱門 訳

小型ヨットで漂流した末にロンドンにたどり着いた青年が二人の老紳士から百万ポンド紙幣を預かった。(1900年頃の百万ポンドは現代の円で240億円になる。)この紙幣を手にした男の行く末はどうなるのか? それは二人の賭けだった。

奇想天外。予想を上回る結末。ワクワクして読み進めることができる大人の冒険小説である。

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百年文庫35「灰」中島敦 石川淳 島尾敏雄

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「かめれおん日記」中島敦

生徒が持ってきたカメレオンの世話をしながら、自己の生き方を見つめる「私」の物語。
「こんなはずではなかったのだが、一体、どうして、また、いつ頃から、こんな風になってしまったのだろう?」と、社会の現実と自身との隔たりに苦しむ。
喘息と不眠に苦しみながらも、鋭く自己を洞察している作品である。

 

「明月珠」石川淳

1946年に発表された作品で、「前年に永井荷風の住まいが空襲で焼失するのを目撃したことがもとになっている。」と「人と作品」にある。崖の上の径を通る老紳士、藕花先生が永井荷風ということである。

物語には、著述業にありながら求職しなければならない「わたし」が自転車屋の少女を指南役に自転車の練習に取り組む様が描かれている。

空襲のサイレン、下町の空を覆う火炎、少女の尋常でない左足。月明かりに照らされて若返る空地の自転車。

戦時下にあるのに、どこか希望を感じる作品である。

 

「アスファルトと蜘蛛の子ら」島尾敏雄

私は、何者かの告知によって敗戦の日を知っていたが、他にそれを伝えることはなく、憲兵将校のリンチに合った翌日に敗戦の日を迎えた。

私は死に場所を求めていた。しかし、射撃を受け無くした意識を取り戻したとき、こちら側に生き延びた生命の喜びに浸る。
死に向かい合って生きている人間の心情をリアルに描いた作品である。


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百年文庫34「恋」伊藤左千夫 江見水蔭 吉川英治

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「隣の嫁」伊藤左千夫

稲作の繁忙期に互いに力を貸し合い、風呂にも入らせてもらう間柄にある隣家の嫁「おとよ」と、いずれは他家へ婿養子になる二男「省作」の物語。

正岡子規から影響を受けた写生文が農家の暮らしぶりを丹念に描く中、そこに芽生えた恋心を密やかに表出していく。次第に高まっていく二人の心情を詳しくは述べず、結末を読むことで読者にそれを想像させる書き方がいいと思う。

 

「炭焼きの煙」江見水蔭

炭を焼くことしか知らずに育った若者が山奥で一人暮らしていた。若者は朝起きると顔も洗わず着替えもせずに炭焼き小屋に向かう毎日を送っていた。

ある日のこと、花見に来た山主の娘が山を登れなくなって、若者が娘を負んぶして山を登ることになった。若者は娘に触れたことで、それまで感じることのなかった切ない感情を抱いた。その結末は……?

誰もが持つ人間本来の感情がほとばしる物語である。

 

「春の雁」吉川英治

深川花柳界を舞台に繰り広げられる男女の物語。男は長崎骨董を持って諸国を売り歩く商人。女は辰巳芸者。男は女の意気に惚れ何も言わず百五十両を渡した。それは獄門が決まった大泥棒の情夫を助けるための金だった。女は男と長崎へ行くことを望み男はそれを承知したが、女には大切な忘れ物があった。意気とか伊達とかの背後にある市井の暮らしが垣間見られる結末だった。

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2021年も「気まぐれ日記」をご愛読いただき、ありがとうございました。2022年も気まぐれに更新いたしますのでよろしくお願いいたします。 

百年文庫33「月」ルナアル リルケ プラトーノフ

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「フィリップ一家の家風」ルナアル 岸田国士 訳

 ルナアルは映画やミュージカルで馴染み深い「にんじん」の原作者。

「フィリップ一家の家風」は1907年の作品。フィリップ一家を中心にフランスの村人たちの素朴な姿を描いている。
要らぬ説明はせず結末も明確に示さない書き方が、読者の読む心をくすぐる。例えば、第二章の兵隊に行ったアントワアヌの普段着が入った包みが届いた場面。「これ、みんな、向こうへ行く時に着けていった衣装ですよ。……」とお神さんが言ったところで終わっている。

 

「老人」リルケ 森鴎外 訳

ペエテル・ニコラスは75歳。毎日、日のさす公園にやってきてベンチに座って過ごす。両脇には貧院から来るペピイとクリストフが座っていて、この三人の姿がリアルに描かれている。
昼になり孫娘の迎えを受けて家に帰るペエテルと貧院に帰るペピイとクリストフの姿は対照的だが、その孫娘の存在は貧院の二人にも幸福をもたらしているようだ。

 

「帰還」プラトーノフ 原卓也 訳

イワノフは復員で4年ぶりに家族のもとに帰った。工場で働く妻と息子・娘は、互いを思いやり、身を寄せ合って暮らしていた。家の中では12歳の息子が采配を振るっていた。妻は毎日家に訪れる男性がいることを話さなければならないと思っていた。イワノフは妻が不貞を犯したのではないかと疑念を抱き、口論となり家を出て行く。しかし……。
読者は最後までこの家族の行く末を心配しなければならないが、ラストシーンでやっと安堵することができる。

 

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百年文庫32「黒」ホーソーン、夢野久作、サド

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「牧師の黒のベール」ホーソーン 坂下 昇 訳

フーパー牧師はあるときから急に黒いベールで顔を隠すようになった。結婚式でも葬式でも、そして自分の臨終のときまでもベールを付けたままだった。牧師が黒いベールで顔を隠すようになったのは何故か? それが知りたくて文字を追い続けた。

その答えは、牧師の最期の言葉にあった。

「見よ! どの顔にも『黒いベール』があるではないか!」

黒いベールとは、表には見えない人間の深層のことを示しているのではないか? 人間が逃れることにできない真実を映し出しているように思えてならない。

 

「けむりを吐かぬ煙突」夢野久作

「現代社会の堕落層に住む寄生虫である」と自認する新聞記者が伯爵未亡人宅に新しくできた不自然な煙突の正体を探っていく。

推理小説・ミステリー小説の分野に入るのだと思うが、この作品は怪奇的だった。表現が幻想的で純文学的な美しさもある。

 

「ファクスランジュ」サド 澁澤龍彦 訳

ファクスランジュ家の一人娘ファクスランジュ嬢がこの物語の主人公である。ファクスランジュ嬢には離れ離れになるまいと固く約束したゴエ氏がいたが、親の友人から紹介されたフランロ男爵と結婚した。フランロ男爵は大した財産と宏壮な大邸宅もっていると伝えられていたが、真実の彼は山中に根城をもつ匪賊(非正規武装集団)の頭だった。

サドは、30年近い幽閉生活の間に膨大な作品を書いた。日本にサドを紹介したのが訳者澁澤龍彦である。
 

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百年文庫31「灯」夏目漱石 ラフカディオ・ハーン 正岡子規

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「琴のそら音」夏目漱石

婚約者がインフルエンザで寝込んでいることを友人に話した男は、友人からインフルエンザは命に関わることもあると教えられた。男はそのことが気になり不安な一晩を過ごし、次の朝早く婚約者に会いに行く。すっかり元気になっている婚約者に訪問の理由を問われ、男は返答に困る。一人で勝手に事を苦にすることは現代でもよくある。そんな人間の描写がおもしろい。

 

「きみ子」ラフカディオ・ハーン 平井呈一 訳

作者の日本名は小泉八雲。日本研究家としても著名である。

あい子は位階が高い家に生まれ相応の教育も受けたが、明治維新後、家は没落し芸者「きみ子」として生きていくことになる。

きみ子は、芸者を疎外するようなこともない両親を持つ青年の家に入ったが、きみ子は結婚を前に急に姿を消してしまう。

きみ子の胸の内はどうだったのか? 最後にきみ子の深い愛を知ることができる。

 

「飯待つ間」「病」「熊手と提灯」「ランプの影」正岡子規

「飯待つ間」:病床にある主人公が昼食のできるのを待つ間の出来事を綴ったものである。垣の外から聞こえてくる音を聞き、子供たちが猫をいじめる様子を描いている。

「病」:結核を患う主人公が大連から船で帰国し、検疫を経て神戸病院に入院するまでのことが書かれている。

「熊手と提灯」:酉の市でもとめた熊手を持って歩く人たちの姿を事細かに描写している。

「ランプの影」:病床で天井や襖を見ているうちに、それが人の顔に見えてくる。熱がありながらも原稿を書いていると、今度はランプの火の影に人の顔が現れる。

高浜虚子、長塚節らに影響を与えた正岡子規の写生文の魅力が味わえる四編である。
 

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百年文庫30「影」ロレンス、内田百痢永井龍男

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「菊の香り」ロレンス 河野一郎 訳

家路に散っていく炭鉱労働者たちの影。夕食の準備が整い父親の帰りを待つ母親と姉弟がいる。男の子は影の中にかくれ、女の子は暖炉の炎に照らされていた。身ごもっている母親は、男の子がむしり取った菊の花をエプロンにさした。母親が持ったランプの淡い影が床の上を漂い流れる。父親はまだ帰らない。
そして、この家族に哀しみが襲った。終末の「目先の主人である生」と「究極の主人である死」という表現がしばらく耳に残った。

 

「とおぼえ」内田百

考えてみると、最近では犬の遠吠えなどさっぱり聞かなくなった。(近頃の犬は皆家の中で飼われているからな。)

主人公は病気の友達を見舞ったあと、薄暗い道の突き当たりにある氷屋に入った。もうすでに市電もなくなっている時間だ。妻を亡くしたばかりの氷屋のおやじが人魂を見たと言っている。そこに夫を亡くしたばかりの女が焼酎を買いにやってきた。犬の遠吠えが聞こえる。気が付くと主人公は墓地の道を歩いていた、という夢と現実の間にいるような物語である。

 

「冬の日」永井龍男

主人公「登利」は、娘が遺した孫娘と娘婿を家に呼び寄せ一緒に暮らしていた。二年後、娘婿は孫娘を連れて再婚し、登利は家を彼らに明け渡して弟の所に行くことになった。
彼女が孫娘と別れる決心をしたのは何故か? 「佐伯とお袋の関係を嗅ぎつけたら……」など、その理由を推察したくなる表現がいくつかある。家を明け渡すために畳を張替え、独り年を越す登利の姿に深い情念を感じる。
作者は「短篇の名手」として知られている。

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プロフィール
1957年生まれ。 小説を書いています。 いくつかの文学賞に応募して、作家デビューを夢見ています。
アフィリエイト広告を利用しています。
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